どうやら自転車を2台手放したことは思いの外大きかったようで、お陰で気分的にもゆとりが生まれ時間が良い方向へ進み始めたことを肌で感じておりやす。
さて。
予てより50歳になった暁には新しい何かを始めてみようかと考えてました。
ざっくり分けて三つ。
体育会系か文化系か芸術系のどれか。
これがまた沢山有りすぎて一体何を選べば良いのか頭の中をぐるぐるぐるぐる(◎-◎;)
脳内の絡まった糸はなかなか解れる気配もなかったので、それならばと前々から気になっていたボルダリングにチャレンジしてみようと決めてリサーチ、早速今日出向いて来ました。
運のいいことにアパートから自転車で約15分くらいの場所にそのジムがあり、しかも開けてる時間がまるでオレの休みに都合よく合わせてくれたかのような案配。
ビギナープランで登録料に簡単なレクチャーとシューズレンタル二時間みっちりで2700円。
さらに平日の日中だからかジムの他の生徒さんは誰も来ずオレひとり貸し切り状態(笑)
誰に気がねすることもなく堪能しました。
タイトルに『50の手習い』とはしましたが、レクチャーの後は基本的に放置みたいでひとり黙々と壁に挑み、とゆーのも全ては自分で考え、自分の身体で感じるスポーツなのでしょうな。
壁をジッと見る。
ビギナー用の簡単なラインではあるがわざとアレコレ巡らせてみる。
そーこー繰り返していると体育会系だとばかり思っていたボルダリングは案外文化系も芸術系も含んでいるんじゃないかと思えてくるのは大袈裟か?
情緒がある。
大袈裟か?
奥が深そうだ。
折角だから続けてみようかと思う。
オレの職場には東南アジア系の留学生が四人勤めてる。
四人とも女の子で明るく闊達、頭も良くて母国語の他には英語もなかなか流暢だ。
それで更に日本語まで学ぼうってんだから畏れ入る。
さて。
他国の言葉にはない言い回しや音読み訓読み、ひらがなカタカナの入り乱れは彼女らには大変なバンカーとなっているようだ。
彼女らがやって来た時からオレなりに彼女らの母国語を独学して簡単な単語や基本的なあいさつ位は早い段階から交わせるように努めてきた。
そんな経緯もあってかオレはどーやら彼女らから父親的な存在に近いらしく、日本語の使い方や読み書きの相談をしばしば受けてて。
想像以上に困難な日本語の壁、なかなか上手くいかないお客とのコミュニケーションに止めどなく落涙もしてきた。
その度にオレの拙い彼女の母国語で励まして励まして今日までやってきた。
今は笑顔いっぱいで日々を過ごせているのを見ると。
留学の期限が来なければいいのに、と思う。
そんな中、やはりイタズラ心でスッ惚けた言葉を教えたりもする訳だやはり(笑)
『メンチ切ってんじゃねーよ』とか
『てやんでぃ、べらぼうめ』とか
『ちょっとだけヨ、アナタも好きねェ〜』とか
『ボチボチでんな』とか
『マキバオー』の歌とか(笑)。
まぁ、あくまでもオレ等の間だけでなく他所で日本人と友達になる機会があればこんな言葉を知っていると打ち解けやすいやろうと考えてのことで。
ところがこんな言葉を教えるのはオレしかいないと直ぐにバレて上役から怒られてしまうのだ。
( ;∀;)
ちゃんと『いろはうた』も教えたりしてるんよ。
やがて月日が経ち、オレのことは忘れてもこのふざけた言葉は忘れないで欲しいな。
このクソ暑い中、世間は夏期連休に大忙しですな。
何処へ行っても人は多いし、何処を通っても渋滞してるし、何処に入っても料金割高やし。
それを分かっていながらもなかんずく出掛けるのはなんだろ?
行動学的な話なのか深層心理的な話になるのかオレには難しいがひとつだけ言えるのは、オレは世間のリズムとは真反対側で生きていて良かったとゆーことだ確信。
どっかの誰かがゆーてたけども、このような連休に向けてアレコレと企て、予算も組んでいざ行楽に勤しむ。
しかしこれは自ずから遊んでいるのではない。
遊ばされているだけなのだ、と。
本当にその通りだと思う。
さて。
先日、職場の仲間からまたこんな質問を受けた。
『なにをしている瞬間にいちばん幸せを感じるか』
なるほど、実に興味深い質問だが、コレに関してはパッと頭に浮かぶものがふたつはある。
このどちらとも甲乙つけ難く、また上手く言葉で説明しうるものでもない、厄介だ。
『じゃ、ふたつの内ひとつは何ですか?』
『最初の瞬間。』
『何ですか?(笑)その最初の瞬間って一体何の瞬間なんスか(笑)』
『いやぁ〜この瞬間は何とも言えない幸せを感じるんよね〜この瞬間が永遠に続けば良いのにと思う。』
『ギャハハッ!!んぢゃもうひとつは何ですか?』
『最後の瞬間。』
『ギャハハッ!!出た!!だから何なんスか(笑)その最後の瞬間て(笑)』
『いやぁ〜この瞬間は何とも言えない幸せを感じるんよね〜この瞬間が永遠に続けば良いのにと思う。』
『(笑)意味わかんねーッスよ分かるように説明して下さいよ(笑)』
『だから言葉で説明が難しいってゆーたやろ』
幾つになってもオレには最初の瞬間と最後の瞬間が最も幸せを感じるひとときなのだ。
先日、55回目の献血に出向いて来ました。
よくもまあ、ここまで続けてきたなぁと献血カードに印字された数字を眺めてはしみじみ感じ入っています。
さて。
今日はオレの今の職場での現場デビューの記念日です。
1ヶ月強の研修を終え、晴れて現場に出たあの日から丸5年の月日が経ちました。
と同時に6年目に入る日でもありましょう。
思えば高校を卒業して社会にゲソ付けたもののどの仕事も長続きせず最長で3年10ヶ月、次いで3年9ヶ月、次が丸3年。
1年2年で去った職場は数知れず、その度にオレの履歴書の職歴はうるさい様子を呈していったが。
そんなオレが今の仕事で丸4年を過ぎ、まさかの丸5年を在職しようとはね。
この仕事が合っているのか?
それともこの職場が合っているのか?
もしかして両方?
職場は色々変わったが、職種としてはトラックドライバーが一番長く15年携わってきた、しかしもう廃業だ!!と発起して新たな道を探しだしたのが40代の半ば。
振り返ればいくつかの偶然が重なって今の職場にたどり着いたなと思う。
ひょっとしたら亡くなったおふくろさんが導いてくれたんかなーとか、この仕事をしていた祖父さんが示してくれたんかなーとか。
どっちにしろ、大事にしたい縁に違いないと理解しています。
オレの兄弟子は新しい道を選んでみんないなくなった。
オレの同期はこの仕事に限界を感じ辞めていった。
オレの師匠にとってオレだけが唯一の弟子になってしまったがつい数ヵ月前にオレにも初めての弟子が生まれ、師匠に少しでも恩返しが出来たかなと胸を撫で下ろしたとこです。
オレの弟子は師匠にしてみれば孫弟子。
やさしく見守ってくれているようです。
前記事ではオレの50代のテーマに『自分に恥ずかしくないように』と記しましたが、この職場でデビューしてからずっと掲げているテーマは
『師匠に恥をかかさないように』です。
明らかにおかしい。
この異常とも言える灼熱、空からも地面からも頻発する災害。
どこに行けば安全なのか。
どこに行けば生き延びられるのか、我々は最早その運の行く末を手をこまねいて受け入れるしかないのか。
さて。
つい先日、いつの間にかヌルッと50歳になっていました。
まだ少年期だった頃に見た50代、まだ青い春を謳歌していた頃に見た50代は遥か彼方のなんと言おうか全くの別世界から飛来してきた生きもののよーに感じていたんだが、まさかこのオレがねー
まぁしかし。
50代になることは数年前から些か楽しみにはしていた。
先人の話によると若い頃に疑問に思ったことや納得しきれないままにきた事案にポツポツとオチが付いてくるらしい。
それはそれで面白そうぢゃないか。
まだまだ新人50代だが少しずつ白秋を堪能したい気持ちが大きい。
ゆとりをもって白秋の為にも断捨離は折を見て継続していた。
ついこの前は4台保有していた自転車を2台手放したし。
いくら好きでも趣味でも身体はひとつしか無いのに4台持つことは忙しいし目まぐるしい。
手放す際はドナドナが脳裏に流れたが、割りと直ぐにスッキリした気分になった。
あー案外オレは自転車に支配された日々を過ごしていたんやなーと実感。
これからはその浮いた金や時間をもっと有効に使えるとゆー期待感。
この場所も昨今は放置しっ放しで雑草が生え放題なんで時々草むしりにこよーかなと考えてます。
ってことでオレの50代のテーマは。
『自分に恥ずかしくないように』
人の目を気にする前に先ず己の目を気にしていくとゆーのが目標です。
これまでもこれからもよろしく。