自分でこんなに見つめておきながら、心臓は物凄く激しく鼓動している。
緊張、照れくさいと思う感情、そしてこいつに対する愛しさ。
全てが俺の心を揺さぶっているんだと感じる。
何かの衝動にいきなり駆られて、黙ったまま俺は子津の肩を掴んでいた。
俺に視線を送ってくる子津の瞳に、吸い込まれてしまいそうな、感情を乱されるようなそんな抑えられない気持ちを抱く。
「い、犬飼くん……?」
突然の出来事に不思議そうに俺の名前を呼ぶ声が、更に鼓動を加速させる。
とりあえず勢いでこんな状況にしてしまったが、ここから先がどうしても進めずにいた。
お互い、どうすればいいのか分からずに、ただ黙って見つめ合っていると突然、子津の口元が緩んだ。
「こんなに黙ってこんなことしてるなんて…。何だか照れくさいっすね」
頬を少し赤く染めて笑う子津が愛しい。
そんな子津の表情をじっと見る。
その視線に気付いて子津も俺を見てくる。
触れたい、子津にふれたい……
そんな感情に身を任せて顔を近付けた。
子津も頬を染めながらもそっと目を閉じた。
距離が縮まっていく。吐息を感じる。
ゆっくりと俺等の距離は零に近付いていた。
が、そんな時にプリインストールのものっぽい携帯の着信音が場に響いた。
子津が慌てたように鞄から、その元凶を取り出そうとする。
でも、俺はそれよりも気持ちが抑えきれなかった。
おかまいなしに顔の距離を更に近付けた。
「犬飼くん…っ」
携帯を取り出すことを子津は止めた。
着信音は切れた。
次こそは、俺の気持ちはピークに達していた。
「お前がすきだ……」
名前を言いかけた瞬間、騒がしいサイレンが現実を伝えてくる。
「救急車っぽいっすね…。何かあったんすかね」
サイレンはどんどん大きくなっていた。
子津の行った通り、救急車が向かい合ったまま立っている俺等の横を通りすぎていった。
俺等は過ぎて行く救急車を見送った。
「……」
何もかもが台無しになった感じだった。
気分が冷めてしまって、もう一度あの状況にはなれなかった。
子津も同じようなことを思ってるのか黙っている。
「…とりあえず帰るか」
「そう……っすね」
黙ったまま二人で歩く帰り道。
キスは出来なかった。出来なかったけど、
「どうしたっすか犬飼くん?」
「何でも」
隣を見たらこの笑顔がある。
とりあえず、それだけでいいことにしておこう…。
おわり