平行世界の考察「規約違反」
「本当に此奴らは最低最悪の事を思いつく。救いようもない阿呆共だ。外なる世界を求めるのは構わないが干渉しようとするなんて」
つまらないと言った様にエリアンテが鼻を鳴らした。不機嫌極まりないと言った様子だ。
「平行世界が存在すること、異界が在るということを彼の異界が認知したからこそ出来る反則技だ。ウルトラスペース、ウルトラホール、ビーストなんて盛大な後付けなぞ...いや、だからこそ無限に世界が広がっているのか...そもそも私ですら...」
観測者として産まれたエリアンテは管理者と違い、この蛮行を強制的に止める事など出来ない。
使徒を使い見守るのみだ。その使徒からも見離された時にエリアンテの運命は、轍から外れ、新たな運命へと流転した。
その後も"破滅しなかった世界"を見守り、時に事実を隠匿して来たが最早それも限界に近い。
エリアンテが観測者であり予言者でいられたのもある程度、未来が見えていたからだ。
だが、それは"破滅した世界の未来"であり、今のエリアンテの予言者としての力は無に等しい。
実の所、彼女に残されたのは原初の神としての記録だけで、後に産まれた神の一族と同等までに神格は落ちている。
「いいか、世界というのは、ほぼ無限に平行世界が連なっている。私達の"滅びなかったユーロス"は"奴"にとっての最悪の結末でもあるんだ。勿論、私にとっても」
記録として、エリアンテは幾つかの世界を俯瞰する事が出来た。それはユーロスとは全く違う世界だったり、"滅びたユーロス"だったりするが、確かに魔竜は"作者"の結末を視た。
小さな悪意の集合体にに敗けた最悪の未来である。世界の危機などという大事では無いが、その敗北は最悪としか言いようがない。
強制的に喜劇にされたユーロス史の下に、彼の生きる異界の悲劇がった。
「そうだよ。だから喚び寄せるんじゃないか"滅びなかった世界"を完全なものにする為に」
「その精神が半ば死に逝くものならば、僕達がすくい上げても構わないでしょう。僕達が強制的に救われた様に」
兄弟は怖じけることなく魔竜を挑発する。
「だが、此処がが紙綴りである事に何の代わりはないのだ。私達の世界が史実から写し取られたものだと言う事実だけは変えようもない。無駄骨だ」
「ならば、此処から本当の世界を作る」
ぴしゃりと、ルートヴィヒが言った。その傍らで弟も控え目に頷く。
「その上で滅びたなら、それまでの物語だった。それだけの話」
暫く黙っていたエリアンテだったが、やはり不機嫌そうな顔をするとそっぽを向いた。
「好きにすると良い」
それは事実上の根負けを意味する。
さて、兄弟と魔竜の激しいやり取りを見ていたがアルバだが、全く話が解らずに困惑していた。
突然、殺されかけて異空間に投げ出され闘論を見せられ、浮かぶ言葉も無い。
その存在を忘れられていた訳ではなく、棒立ちするアルバにヴィルヘルムが駆け寄った。
「僕達は色違いだけどアマデウスでは無いからね。無理矢理この場所で肉体のまま暮らしているんだ」
「俺の身体...あっ...!!」
「今の君は魂、精神だけの状態で成り立っている。それでも肉体があるのは、君の物語が綴られた本がこの場所の何処かにあるからだ」
「なるほど...ハンスが言ってたな。...世界は悲劇から喜劇に塗り替えられた。黒幕を呼び出せばこの違和感は消えるのか?」
「やった事はないから断定は出来ない。けれど君達の色彩の異常は世界を繋ぐ大切なバグだから、なくならないとは思う」
「根っこの所は変わらないよ。世界の情勢は混沌としてるし、ユーロス史は血と狂気に溢れてる。幹は同じでも枝の形は違うのと同じさ」
ルートヴィヒは安心したようにふにゃりと微笑み、眼鏡を上げた。
「辿り着いてくれてありがとう。憎んだり、否定したりする事もあるけれど、僕は死に逝く作者の精神を呼び出したい。まだ此処で、物語を終わらせてはいけないから」
「だからこそ、全ページ白紙の本を用意したのか。ただのライトノベルの紙。グリモアでも何でもないが、大丈夫なのか?」
「きっと、ウルトラスペースから此方に精神を呼ぶ時にカタチになってくれるさ」
なんの儀式に巻き込まれたかは解らないが、見たものをダンデに話すのもアルバの約束のうちだった。
平行世界だの、規約違反だの意味の解らない単語ばかり飛び出すが最後まで付き合ってやろうと腹をくくる。
そんなアルバをよそに、エリアンテは疎ましそうに白紙の本を床に置き、距離を取った。
「これも定め。運命のうちか。呆れるぞ多重世界を束ねる大いなる力よ!」
途端に何もしていないのに本が発火し、轟々と燃え上がる。
「...え?」
「さて、来るか、魔獣よ」
本だけが燃えている筈なのに、だんだん大きな獣の姿へと変質してゆく。
身を焼く苦しみに悶えながら、それは徐々に身体を形成しようとしていた。
引きずり込んだ精神が肉体を得ようとしている。
・
最初は「第八王子の冒険」をあの子にせがまれるままに騙り、これは第八王子にとって一番幸せな頃の物語。喜劇として書いた
「こわい剣士のはなし」「勇気ある女王様のおはなし」沢山の物語を書いたけれど、最期には必ず彼奴がいる
「世界を呪った魔術師の話」
後に歴史を学んだなら彼は、誰よりも世界を愛していると解る。
一生懸命やった事が報われないなんて可哀想だ。魔術師も、皇子も、みんな可哀想だ。
彼等は何も間違えていなかった。後世の歴史はその正しさを語る。
皇子は死ぬべきであった。世界は滅びるべきだった
滅びて良いものなんて一つもない。壊して良い幸せなんて一つもないはずだ。
だから僕は君達を幸福にするために
→バッドエンド<史劇に嘘をつき、一部無かった事にしてしまえ。僕は悲劇を否定する>
→グッドエンド<史実に基づき、本を閉じなきゃいけない。僕は喜劇を否定する>
→喜劇:ユーロスにはバッドエンドが採用されました。
これは貴方の悲劇の成れの果てです。未完のまま終わる物語です。続きを書くのは貴方ではありません。
お分かりでしょう。
その焼けた折れた指で、繋がれた腕で、潰れた片目で、蒸発した理性で続きは書けないでしょう。
潰れた喉では騙る事も出来ないでしょう。
さあ魂ごと燃やしましょう。金色の心臓に口付けをして後のものは燃やしてしまいましょう。
賢者よ。貴方に知性は必要ない。
「さあ友情の証、その半身燃やしてやる」
・
燃え盛る竃の中で死ぬ魔女の気持ちを味わうなどと、その男は思ってもいなかった。
熱は痛みに代わり、ビリビリと肌ごと肉を焼いてゆく。
死なない加減の炎で炙られ続け、精神は限界に近かった。何にでも縋り付きたい。
此の儘、全て摺り切れて灰に還るのかと思うと恐ろしい。それ以上に体中も、身体の中も痛い。苦しい。ジリジリと燃やされている。
ふと、熱が引いてゆく。涼しい風が頬を撫でる。救いを求める様に其方側に向かっていった。
一つ一つ、進む度に記憶は消えるがその事にも気付かぬままに、救いを求めて。
ずっと救いを求めていた。だから、ハッピーエンドじゃないと嫌だった。救われたいのは、自分自身だった。
最早、人でなきものに姿を変えながら光の方へ進む。振り向けば遠く竃の火が、人間だった頃の自分を炙っていた。
(あれはなんだろう)
火に巻かれながらも友人を必死で助けようとしている。だが無情にも男は取り戻したかった友人に人間性を奪われ...獣へと堕ちていった。
UB03は何も思わない。
完全に精神と肉体は分離し、心だけは招かれる儘にウルトラスペースへとやって来た。
この暗く冷たい道は産道である。UB03を生み出す為の完全なる配置。
未だ火傷が痛む身体を抑え、光照らす場所へ、彼は飛び出していた。
・
一つの本が、生物の形を成していた。
これにはアルバのみならず、ルートヴィヒもヴィルヘルムも息を呑み、それを凝視している。
傷付いた、見た事も無い大火傷を負ったポケモン。
エリアンテが仕方無いと言ったように口を開いた。
「ウルトラビースト:No.03。デンジュモクか。まあ、この空間が本をイメージしたものならば、この様に変容する事もあるだろうな。紙もペンも木で作られているのだから。大きな輝く頭は自意識か何かか」
デンジュモクは言葉を発せられないようで、身を守るように蹲り、火傷の痛みに悶えていた。
「...ホウオウの聖なる炎に近い臭いを感じる。さてはて、この様に遺る傷でもあるまいしな。肉体に引っ張られたのか?」
脂汗を垂らし震える相手にもエリアンテは容赦無く、髪を掴み顔を覗き見る。
その半分以上は未だ痛々しい火傷痕を晒していた。
「成功したな」
「成功したね」
「確かにこれはあの男」
「あの男の一つの末路」
兄弟が互いに確認し合う。
「...と、言っても、本当の肉体も精神も彼方側にある。筈。俺達が喚び出せたのは魂と精神の一部部分にしか過ぎない。虚ろなモンだよ」
「って言うか、今は狭間の図書館"ウルトラスペース"に存在してるけど、本当に俺達の居る世界に此奴はこれるのか?」
疑問を持ったのはアルバだ。
「うん。あんたの精神が肉体に戻る時に、此奴を連れてってくれ。ポイって引き上げられると思うから」
ルートヴィヒはなんてことは無いように答えた。
と、突然、アルバの襟首が誰かに掴まれた。
「!?」
強制的な覚醒。
「私は観測し続ける。この世界を。お前達も行け。この世界が続く限り」
エリアンテが小さく呟いた。
強い覚悟が伺える。
兄弟達の姿が霞む。君達は何処に行くのかと問う前に、アルバの意識は再び途絶えた。
頸部を襲う激痛と共に目覚めた。最悪だ。
「良かった...!!」
しかし激レアな涙目のダンデの顔が見れたので、良しとしよう。
何より、行きて居る。
悪魔のような所業をしたハンスへと非難の目を向けるが、男はまるで悪びれない。
「直ぐに止血をしたからね。俺の弱い腕じゃ本当に他者を殺める事も出来ないよ」
「臨死体験はしたぞ」
「行けたのか。狭間の図書館に」
途端にハンスの口の端が釣り上がり、瞳孔が少し開く。
それとほぼ同時に、部屋の隅で物々しい音が響いた。
世界が五秒前に出来たと錯覚してしまうほどの出来事。
密室の部屋に、前々から存在していた様に一人、増えていた。
ソレは覚えたての呼吸を荒々しくも繰り返す獣。
「ウルトラビースト...」
狭間の図書館にある、数多くの物語を形作った張本人。
世界をすり替えた"黒幕"。
今は名も無き存在。
ハンスは感極まった様子で駆け寄ると、腰を下ろし目線を合わせる。
そして、酷く邪悪な笑みを浮かべ
「誕生日おめでとう。パパ...、混沌と狂乱の世界へようこそ」
優しい声で新たな生命に祝福の言葉を投げかけた。