解答編「規約違反」
「...で、貴方達は何がしたかったんだ」
ダンデは問う。
すっかり目的を失うところだった。
自分達は世界に対する違和感を解消する為に詮索し、それを為した。
紙綴りの書のから成り立つ事と、世界の結末をすりかえられた事を知った。
だが、リドル兄弟、ハンスの目的は解らないままだ。
アルバが思うにエリアンテは黒幕を此方側に喚ぶ事に反対する為に訪れていたのだろう。
「俺は、ただの復讐心からだよ。リドル兄弟の狙いは知らん。俺に解るのはリドル達は世界と作者も嫌いじゃないし、あちら側にも行けるってこと」
ハンスは言う。
「ムカつくじゃんよ。気に入らないからって結末を勝手に変えられるのって。コイツだけの責任でも無いんだけど...」
視線を向けたのは生まれたままの姿で蹲るデンジュモクの姿。
「この世界が存在する以上、狭間の図書館のに蔵書されている本も繋がっている彼方の世界と連動して増え続ける。齟齬が産まれるのは仕方無い事なんだ」
「あの空間...、あそこにある本、増殖するのか...」
「俺が話すのはリドル兄弟から聞いた話だけだぞ。何度も言うが普通は彼処には辿り着けないし知覚すら出来ないんだから」
「ん?じゃあ作者の関係無く今までもこれからも物語は続いていくってこと」
聞いたダンデに深くハンスが頷いた。
「ああ。誰かが望む限り蔵書は開かれ続け、物語は広がって行く。コイツのした事は一部分の改竄と、繋がりを作った事さ」
ウルトラビーストなんて大層な肩書きを持っているが、殆どの事はアンノウンだ。
神の一族の一つだったのか。それとも別の何かだったのか。数多いる自分達と同じ種族なのか。
解る事は"ポケモン"という生物の枠組みに存在している事のみ。これは、エリアンテが記録として知っていたから判明した事だ。
「そもそも当たり前のように言ってるけど、ウルトラスペースとか、ウルトラビーストって何だ...?」
当たり前のように受け入れていたが、ダンデは大きな違和感に気付いた。世界について、宇宙について調べていたが、そんな名前聞いた事ない。
アルバもそれには大賛成だ。エリアンテの言う"盛大な後付け"と何か関係あるのだろうか。
「平行世界、異界の一種。そこに棲まうモノって言うのは理解できる。でも、ユーロスで似たような種族も見た事あるぞ」
「妖精みたいなものさ。古くは悪や鋼かもしれない」
ハンスが鼻を鳴らした。
「おお、メタい。メタい」
メタフィクションだと。デンジュモクに対して言ったのか、狭間の図書館を嘲笑したのか、他の何かを憂いたのか。
口調や表情からは察せられない。
「俺の目的は達成したが、あんた達はどうするんだ?」
「ウルトラスペース、平行世界。命というもの。やっぱりその辺について考えたい事は山程あるね」
ハンスの問いにダンデが答えた。
世界とは何か。答えに辿り着けたようで、新たな謎は増えて答えからは遠かった気がする。
「一つお願いがあるんだが、いいか?」
改まってハンスは名も無いデンジュモクを見やって。適当にフードを被せてやった。
「流浪の民は外来種は受け入れない。そして俺も流氷の民の一人として外来種とは暮らせない。何より扶養してやれない。モルモット扱いでも良いからコイツを研究所で引き取ってくれないか」
アルバはギョッとした顔をしたが、ダンデははぁ。と、息をついただけだった。
「たしかに、ウルトラスペースやウルトラビーストを研究するのに一人は居ると助かるね。いいよ」
「言うと思ったよ」
快諾したダンデに、アルバは大きく溜息を吐いた。
好奇心を満たす為には訳の分からないものまで受け入れる。
悲しいかなデンジュモクの意思がそこには無い。まだ言葉も知らぬ獣はやりとりを見て居る事しか出来ない。
その言葉を聞くと、ハンスは帰れと言わんばかりに自室のドアを開けた。
「最後に一つ、俺が何故、メタフィクションだと知っていたか説明せにゃならない。最初に言ったかどうか忘れたが、話の都合で俺は物語から弾き出されてグレーテルにすり替えられてしまってな。だけど俺にゃ狭間の図書館と深く関わりあるリドル兄弟や、聖なる泉の持ち主である白夜王族との関わりもあって物語からどうしても切れない存在だった訳よ。だから最初で最後にこの物語をすり替えた奴に一泡吹かせたかったんだ」
例えば、彼の劇場で【賢者】と呼ばれた男に。
「だか、今も尚、作者(くろまく)を此方に喚んでも物語は勝手に進展して、世界は変貌を続けて居る。語り部が居なくとも、書き手が居なくとも。やっと世界は自由になった軛は解かれた。だけど、一つ、不思議に思わないか。ここまでメタフィクションを開示されたにも関わらず、妨害が少なすぎる事、作者から手が離れているのに妨害が起きた事。その両方」
綴るほどの事はしていない。誰かが物語知り、それ以上はいけないと警告している。
「俺達は黒幕(さくしゃ)の精神を狭間の図書館に喚んで、肉体を与え、更に此方側にホールを開けて連れてきた。出来るんだ。時空間の移転がつまり、それはあちらの世界からでも<規約違反である>。さて、この世界でも何人か行方不明になっ<規約違反>が、彼等は果たして何処に行ったんだろう」
この物語を知っている<規約違反>ではなかろうか。
『灯台守の男』は最後に優しく笑うと二人の背中を押し、扉を閉めた。
「えっ...!?」
途端に現れた景色は、荒れ果てた灯台の内装。
二人揃ってイリュージョンでも見せられたかのような顔をする。
「ん...」
全てが夢だとはどうも思えなかった。
だって、二人の間にはフードを纏った古い火傷の傷を負った名も無いデンジュモクが、立っているのだから。
この世界が紙綴りである事、平行世界の中にある事、それらはウルトラスペースやウルトラホールで繋がることを、確かにアルバとダンデは知った。
そしてウルトラビーストと言う神の一族に似た存在。同種でありながら微妙に違う外来種の存在も。
だが、どうしても思い出せない。
灯台守の男の名前も、最後の言葉も。魔竜エリアンテが言った"盛大な後付け"の意味も。狭間の図書館で何があったかも。
首を傾げつつ、二人は新たに加わった一人を連れて廃墟を後にする。
<ウルトラビーストや平行世界に対しての存在は、メタフィクションにより開示された。だが、物語に不必要な解釈や物語は蔵書の妨げになる。以降、干渉は避けるべきだ>
狭間の図書館より。管理者へ。