出来る限り身を縮めて休んではみたが、やはり夜の底冷えの中では、余り満足な休息には至らなかった。
流石に雪にまみれて眠る訳にもいかなかったので、手近な廃墟の建物に踏み入れて体よくキャンプ地点に丁度良い場所を拠点にしたは良いものの、やはりコンクリートは寒い。
芯から冷えきっている気がするのに、吐く息は温かさを示す様に、白い煙となって霧散する。
2度寝するには向かない気温に、何をする訳でも無く立ち上がった。
「オイ。まだ夜明け前だぜ?」
寒いから、と勝手に支給服のポケットに忍び込んでいた小さな相棒が顔を出していた。
「流石にまだ出発はしないよ。
ただ、じっとしてたら体が固まっちゃいそうでさ」
苦笑混じりに話してみるが、
実際悴んだ手足の先は感覚が覚束無い。
冷たさは痛覚に、それすら過ぎれば何だかもう一種の麻痺状態にすらなる事を、俺は学んだ。
窓枠ごと破損した穴に近付く。
砂利や細かい硝子片を踏む音が、異様に大きく響いている。
「…………わぁ……」
外の様子を確認して、だったり感嘆の声を漏らす。
視界の全てが、白い霧に覆われていた。
基本的に廃墟には電力が無い。
また冬の時期になると空気が澄んで月明かりだけでも結構見通しは利くのだが、今はその月ですら、薄明かりで認識出来る程度でしか無い。
「……筑波の時も霧は凄かったけど、今夜は更に凄いな」
「ホワイトアウトだな。こんな時に出歩く奴が居たら、よっぽどの馬鹿かボンクラ位だぜ」
「……。それ、俺の事言ってるの?」
「ま。確かにお前はオレ様が居ないとダメダメなボンクラではあるな。ケケケ……」
機嫌良さそうに笑う赤兎に敢えて返事を返さず、
俺は少しだけ唇を尖らしながらも再び外の白さを見つめ直した。
こんな静かで、澄んで、見えない世界。
綺咲だったら、きっとこの幻想的な景色に突拍子も無い夢物語を見付けるかも知れない。
勇音だったら、慎重を重ねて寒さの回避と安全さ
を備えた場所で休むだろう。
ふと仲間達なら、を考えて顔が綻んだ。
こんなに寒い場所なのに、不思議と寒さを忘れられる。
ゆらゆら、霧は雄大に廃墟を覆ってたゆたう。
こんな白い世界、きっと彼女が居たら溶け込んでしまうだろうか?
「何だか、海の中に居るみたいだ」
「そりゃあ、霧は水蒸気の塊だし、海だって水だからなぁ」
やる気が有るのか無いのか、適当な返事を返す赤兎は、再び、寒いと頭を引っ込めてしまった。
さらり、衣擦れの音を鳴らして右腕を伸ばす。
誰かが、この廃墟の霧海を泳いでる、そんな気がしたから。
ひやり。
指の間を冷気が包んだ。
明日の朝は霜や氷が有るだろう。
腕を戻して、なるべく外気を避けて奥に戻る。
最初と同じ様に、膝を抱えて蹲る。
目一杯首布を引き上げて、暖を取った。
冴えていた頭もやがて混濁して、意識が沈みだす。
もう一眠りしたら、出発しよう。
明日の朝日を、焦がれながら
静かな高揚感を抱いて、小さな命は眠りに就いた。