「俺は、お前を引き擦り落とす!」

「ヤれるか?お前に」

「やれるかなんて関係無い。
やるんだ!!」





振り上げる蛇。

空間飛び交う翼を落とす為に。
勘違いしたその鳴き声を、止める為に。




右腕を貫いた手槍、迫る刃を移転し逃れる。
滴る鮮血を撒き散らし、今なお灼熱が鱗を焼いた。


視界から消える長身。
瞬間現れる狩衣、まともに蹴りが入った。


「ぐっ」


痛みを耐え、左手が掴んだ牙の柄を横薙ぐ。
しかし、それは空を裂くに止まる。

反らされた爪先が顎を狙う、
2、3歩身を退いてそれを交わす。

両手に握る刃に力を込めた。

地に貼られた魔導札が、陰陽師の解に応えて破ぜる。

一瞬逸れた意識、姿を戻した鴉の咆哮が鳴り響く。


「っ、油断……した」


脳内でワンワンと乱響する魔力。
頭を振って意識を呼び戻す間に、右腕の傷が治療されている。

せめて一撃。
そう、ただ一撃を入れられれば場が変わるのだ。

奮い立たせる闘志。
そして、小さな青年は手にした枷を外した。



「あ、あぁア"ァァァアァァ!!」




混濁する意識、焼け付く様な衝突。
投げた小刀に鴉は身を捩る。

そのまま貫こうと伸ばされた刀身が迫る。
単調な攻撃は冷静に、翻された。


踏み込む一歩、手首を捻る。


まるで生き物のように、
大蛇が意思を持って動く。


「……チッ」


微かな舌打ちは、裂かれた左足のせい。

赤が散る。反応速度が上がった刃はまるで鞭の様にしなやかに狙い済ます。

獲物を削ぐように、まるで嘲笑うかのように……

治した右腕に、胴に、頬に、裂傷が増えていく。

唸り声を上げる獣、蛇の猛攻は止まない。

やがて感じる違和感。



「ヴゥアァァヴ……!!」



先程からこの蛇は狙って攻撃を繰り出している。

それは従来の破壊衝動とは明らかに異なる行動。



「そうか……お前、自我が……」


呟きの視線上。
牙を覗かせて笑う、その大蛇の双眸は、青。



「……出来ない。なんて言ってないよ!」



八蛇喰らう、刃牙の檻へ。
刃が響かせる甲高い音は蛇の鳴き声。


「終わりだ!!」


捕らえた獲物を引き裂く。





「終わり?」



はずだった。



ふわり、降り立った鴉。
全身を赤く染めた姿は満身創痍。

それでも、彼は口端を吊り上げている。


「終わり、と言ったのか?」


冗談だと言うかの様に芝居がかった動きで笑う。


「まさかそんな。そんな筈が無い。
そうだろう?」

「……」

「有り得ない。
終わりだ、などとは……ククッ」


肩で荒々しく呼吸を返す蛇の視線は鋭い。


「これから、だろう?
なぁ。もっと、もっと楽しませて魅せろ」


くれてやった理性を繋ぐ方法論理。
そんな想定内すら覆す驚嘆を……

血と汗と喘鳴にまみれた極限からの凌ぎ合い。


小さな炸裂音と共に、青年の姿が元に戻る。
時間切れを悟った緊急措置。

左手首からゆっくり放した指先は、再び獲物を強く握った。



「良いよ。我慢比べは得意だしね」


精一杯の強がりを、ふてぶてしく笑みに乗せる。


絡み合う視線。
疲弊と高揚の中で二人の青年は確かに笑い、束の間の闘争に興じていた。