旨い話には裏がある
悪魔の持ち出した話なら、尚更だー…
静寂の余韻を残す早朝
穏やかな時間は1人の来訪者によって壊された
コンコン…と規則正しいノックが鳴る
寝呆けたままの様子で相手はドアを開けた
「漣…酷い顔だな…まぁ良い、話がある」
明らかに寝起きの漣は気だるそうに俺を睨んだ
「斎…テメェ今何時だと思ってやがんだよ…?」
皮肉のつもりだろうが、今は時間など興味は無かった
斎「仕事、しないか?」
ニヤリと笑う表情に本能的にヤバイものを感じたのか
漣「断る」
と一言でドアを閉じられてしまった
やれやれ、人の話は最後まで聞いたらどうなのか?
少し思案した後、俺は再びドアに手を掛けた
コンコン
コンコンコンコン
コンコンコンコンコンコンコンコンー…
ガチャ!!
漣「お前、少しは近所迷惑って思わ無ぇ訳?」
斎「思わん」
半眼で出てきた漣にスッパリと言い切る
漣「…だろうな…」
やっぱり、と言った視線も何処吹く風
俺の目的には何ら意味も無い事だ
斎「オイシイ話なんだが、どうしてもやらないか?」
漣「しつけぇなぁ…断るって言っただろ!?」
そのままドアを閉める漣に向かって切り札を投下してやる
斎「残念だな…折角放送部長と逢える機会だったのだが…」
興味が無いなら仕方ない、と話し数歩離れる
さて、頃合いか?
漣「そぉいう事は先に言え!!」
すっかり支度をした漣が勢い良く自室から出て来た
ククク…と内心笑いながらも振り返る表情には表さない
斎「おや?断るんじゃ無かったのか?」
漣「ソレはソレ、コレはコレだ、仲間の依頼なら仕方無ぇだろ!」
ヤレヤレ、素直に放送部長に会いたいと言えば良いモノを…
声に出さず笑ってやると
何笑ってんだよ、と軽く睨まれたー…
ーーーーーーーーーーーーーー
漣「………オイ」
先刻から不機嫌に立っている漣を無視して俺は作業をこなしている
放送部が管理しているスタジオの1室
機材やら段ボールやらがシンプルなこの部屋を埋めている
漣「…話が違げぇじゃねぇか…」
半眼のままの漣がぼやき続けている
斎「…と、言うと?」
目星は付いている話だが、一応聞く姿勢は見せてやろう
漣「会話もへったくれも無かったじゃねぇか…!」
事は15分前に遡る
いつも使っているスタジオが変わる為に移動に呼ばれ、その際に放送部長と対面し会話をした
所要時間ー…5分未満
漣「納得がいかねぇ」
思惑が外れて仏頂面で愚痴り続ける奴に手元の資料を纏めながら声を掛ける
斎「彼女は多忙だからな、それに俺は“逢える”としか言ってはいないぞ?」
それからどう発展するかまで保証した覚えは無い
ぐぅの音も出ずただただ不満顔の漣に資料まみれの段ボールを渡す
斎「でもまぁ…チャンスくらいなら与えてやれない事も無いがな?」
漣「何っ!?」
女子に関する食いつきは流石健全男子と言ったモノか…
瞬時に顔色を変えた漣を見て、ふとそんな事が思い浮かんだ
漣「…で?」
早くしろよと催促する口調に対し、俺はたっぷりと焦らしてやる事にした
斎「朝の会話を覚えているか?」
漣「はぁ?何で今その話題なんだよ?」
斎「関わる話だ」
ニヤリと笑う
漣「……あ〜…どうだったかな?」
どうもこの男は本気で忘れている様だ…
仕方ない
斎「良い仕事があると言っただろう?」
解を教えてやれば「そうだった」と態度を取り繕う
漣「で、この片付けに駆り出されたんだろう?」
それで?と先を促される
斎「働け」
漣「はっ!?」
単直な解を突き付ければ、難解そうな表情をされた
斎「スタッフが欠員してな、お前がその枠に入れ」
漣「ちょ…幾ら何でもそれは無ぇだろうよ?」
流石に乗り気にはなれないと言う姿勢の奴に揺さぶりを掛ける
斎「放送業務に携わるなら、必然的に逢う機会は増える。機会が増えるとなれば親しくなるチャンスに恵まれる訳だ」
立ち尽くし、思考シミュレート中漣の耳元に口を寄せる
斎「親しくなる、と言う事はそういう展開に進め易い、と言う事だ…」
最後の一撃
スッ、と顔を放し漣の様子を見る
漣「まぁ、やってやらねぇ事も無ぇぞ…?」
視線を外し素っ気無く答えても僅かに紅潮した顔が陥落を物語っているのだが…
確認を取れば「男に2言は無ぇ」と言われた
手近な放送部員に機材等の説明を頼む
同行する漣に俺は“敢えて”言いそびれた言葉を話した
斎「そうそう、放送は深夜枠だから、忘れるなよ?」
漣は「してやられた!」という顔をしたが、時既に遅し
部員に連れ去られた奴を見送り、近くの椅子に足を組み座る
斎「…旨い話には裏が有る、とは良く言ったモノだ…」
人気の無い部屋で笑う姿は、さしずめ彼奴には悪魔が如く、だろう…
努々気を付けろ、言葉は常に罠を張るのだから
新たな人材も引き込んだのだ
俺もまた仕事に勤しむとしようではないかー…