ねじれている。ねじれても、ひよかはひよかでしかない。それはより一層、ねじれさせた。
世の中の明るいすべてを否定したかった。
明るくて笑っていられる人は、空元気で落ちていることにした。うまくいっている人間関係は、裏に身体が絡むことにした。信頼は、離れられず面倒なものにした。情熱は、燃え尽きて消えるものにした。
姉、自分のお姉ちゃんは、菜々花は、世界一不幸なんだと思い込みたかった。
同じように、同じように生きて、生きてきた。同じ腹から生まれて、同じ人生を歩めるはずなのに、菜々花ばかりがいつも笑っている。
入学、運動会、ピアノのお稽古、数学のテスト、合唱コンクール、高校受験、恋愛。同じように訪れる困難を、菜々花は笑みを浮かべながら、ひよかは歯を食いしばって、乗り越えてきた。
菜々花は弱音を吐かない。
――やってやろうじゃん。
そう言って腕をまくる姉の姿を横目に、ひよかは頭を抱えていた。
菜々花は無理をしていなければ道理に合わない。絶対、道理に合わない。こんなのはおかしい。
菜々花の成績はひよかほど良くなかった。また、ひよかのほうが器用だったし、ひよかのほうが歌もうまく、ひよかのほうが美人だと言われてきた。
だけど。
いつだって楽しそうで、 まっすぐで、幸せに、幸せに見えたのは、菜々花のほうだった。その象徴が西浜。幼なじみで、ほとんど同じ時間を過ごしてきたのに、西浜を手にしたのは菜々花だったのだ。
――お前“も”好きだった。
あの日、エアコンの効かない部屋、汗臭い腕の中で西浜が言った。それは不幸な言葉だった。
怖かった。自分だけが不幸であることが。
だから、壁に耳を当てて、隣の部屋の音を必死に聴く、その男を、“バカみたい”だと思って、“バカみたい”なその男と愛し合う菜々花は酷く不幸だと思った。
それは気持ちへのフタ。
ある日の夜、ひよかは燃えていた。燃えながら、身体が黒く爛れていきながら、ひよかは耳を当てた。
隣の部屋。姉の部屋。菜々花の部屋。
ビニール袋の音。なにかを取り出す音。やがて聴こえてくるだろう音。ボタボタと溶けた皮膚が床に落ちていく。
西浜と愛し合ったあの日の夜の夢だった。夢だったとしても、ビニール袋は確かに散らかっていた。朝になり、誰もいなくなった姉の部屋に忍び込み、そうしなければよかったとひよかは思う。泣きながら、西浜がいた場所の空気を吸った。
講義室の一番前。
ひよかはいつだってそこを選ぶ。この席から振り返ると、全ての顔が見渡せる。どこかにいないか、探すため。いるはずないのに。
と。
「クロシマくん!」
ずき。喧騒の中。どこかで、その名前が呼ばれた。
クロシマ。黒島。そういえば、どうして、黒島という名前だと思ったんだろう?