夜。赤星さんが自宅へ帰っていたとき。
見知った道へ、急に足を踏み入れられなくなった。
「一メートル先も見えなくて、足がすくんだんだよ」
確かに街灯のない道。月明かりも大して強くはなかった。
「だけど、全く何にも見えないなんてことはないだろ? 普通」
それほどの闇。夜の闇ではなく、目を閉じたときの闇より、さらに暗く。
別な道を通ろう。
そう思って、きびすを返すと、一台の車が近付いてきた。ライトが前の闇を照らす。
胸をなでおろした赤星さん。
あの車に着いていけば、とりあえず暗くはない。
暗いはずがない。のに。
「俺を追い越したあと、そのまま闇の中に消えたんだよ」
ヘッドライトが照らすはずの道は、やはり真っ暗のまま。
通りすぎたあとにはエンジン音も残らなかった。
柳橋さんは中学教師。放送部の顧問である。
「放送部ってのは、部活より委員会に近いんじゃないかと思うんだよね」
常々感じていること。この活動、好きなことや楽しいこと、というよりは仕事や義務に近いのだ。
それ故なのか、入部希望者は少ない。しかし潰すわけにもいかない部であるため、毎年躍起になって希望者を集めている。
「だけど、どういうわけか、人気の部活動だと思われてるんだ」
「人気の?」
放送室にはいつも人がいっぱいで、和気あいあいとやっている。
そんな話が生徒のあいだでよく飛び交っている。そのわりに、誰が放送部に所属しているのかはあまり知られていない。
「各学年一人しかいないしね。いやいややらされてるような子ばっかりで」
柳橋さんはため息をついた。
「人がいっぱいでって、なんで所属してない人たちにわかるんでしょう?」
「窓から見えるらしいんだ」
放送室は三階。
入口は他の教室とは一味違う鉄の扉で閉まっているので、中のようすは窓からしかわからない。
「三人しかいないのに、そんなにいっぱいに見えるのかしら? 誰かが忍び込んで遊んでるとか……」
「んー……忍び込んでたとしてもね」
放送部以外は知らないことがある。
放送室の窓の前には棚や機材が置いてあり、後ろに潜り込むことができない。
完全に配置の失敗である。
「窓と機材のあいだの狭い空間に、何人も人がいるわけないんだよね」
柳橋さんは他人事のように語る。
なるべく三階を見上げずに帰っているとのことであった。